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雨と紅茶と椅子のうえ

愛想くらいはいい子でありたい

文章を書くこと(執筆1日目)

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LIGに入社してから時間が慌ただしく過ぎていって、日々ゆっくり自分のことを考える時間もほとんど取れなくなってしまった。

それはそれでとても楽しいことなのだけど、書いたり創ったりするのが趣味であり癒しの手段でもある自分には時に物足りなく感じることもある。

私の仕事は「編集」と「ディレクション」なので、日々ライターさんとのコミュニケーションを取ったり企画を作ったりするばかりで、自分自身が文章を執筆する機会はほとんどない(月1回のLIGブログくらい)。


そんな中どうやって文章を書く時間を作ろう?と考えた結果、毎日20:00~21:00にチームメンバーが英会話に取り組んでいる(彼らはツイキャスでその様子を流している)間に、私は1000本ノック形式で文章を書く時間にしようかと企んでいる。

そんなストイック形式にしようと思ったのは、編集という仕事に関わっている以上「良い文章」を書いて世に出したいと思うのだけど、「ちゃんとしたものを書きたい」という気持ちが強くなりすぎるとちゃんと時間をつくって書かなきゃと身構えてしまってどうにもこうにもうまくいかないからだ。

結局人が何かをしたいと思った時に弊害になるのは「うまくやりたい」「完璧な状態で取り組みたい」というような自分への無駄なハードルのせいな気がする。
だから、まずは書いてみる。ひたすらに書いていくことで、「書くこと」がもっと日常になったらいいなと。

そういうわけで、もしうまく書けなくても、内容が薄っぺらくても、「書くことがない!」という内容の文章であっても公開していけたら半年も経ったころには少しは違うかもしれないという希望をこめて、文章を綴り始めたわけです。

ちょっとした挑戦だと思って、優しく暖かく見守ってくれたら嬉しいです。

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昔は「文章」ってなんだろうと考えることがよくあった。

文章は人に何かを"伝える"ことのできるツールであるし、同時に自分にとっても"文章"にすることではじめてわかることもたくさんある(もちろん"お話"も同じ行為)。

人に相談するうちに自分の気持ちが明確になることがあるけれど、自分で書いた文章を自分で読むことも同じ効果が得られると思う。

どんな言葉で書くことが自分の気持ちに近いだろう?と考えることで、自分の本当の気持ちがようやくクリアになったり、次から次に溢れる想いを自分で目にして驚きすら感じることだってある。

わたしにとってそういうモノを書く時間がなくなるということは、同時に自分の気持ちを確かめる時間が減るということでもあって、自分が何に悲しんで何に喜んでいるのかもあまりわからないままに日々が過ぎていってしまう。

文章を綴る(それも自由な場で)機会があることはきっとわたしをわたしたらしめるために、役立つと思うな。文章によって助けられる機会を今までたくさん得てきたから、きっとそれは間違いないと思う。

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ここまで30分で書き続けてみたけれど、これは毎日続けるのはじつに厳しそうだな…。文章のテーマをフォロワーさんからもらったほうがいいかもしれない…。

こんな感じで何の意味もない文章をネットに垂れ流していいものか心配ではあるけれど、わたしをこれまで頻繁に助けてくれた"文章"を書く大事な機会を得たと思って一生懸命頑張ります…!

Twitter@N908Sa)
Twitter@saeligood)